一筋のひかり 第1部5章

AI小説

5章「心の迷路へ」

その晩、さくらは眠れなかった。静かな部屋、閉じたカーテン。けれど心の中はざわざわと波立っていた。 カウンセラーの言葉が、何度も頭の中を巡る。 ——「その小さな声に、耳を傾けてみてください。」 小さな私。心の奥で、ずっと黙っていた誰か。でも、たしかに存在していた気がする。

さくらは、ベッドの中でそっと目を閉じた。暗闇の中で、自分に話しかけてみる。 「ねえ……小さな私。今、どこにいるの?」

その瞬間、まぶたの裏に、ふっと光景が浮かんだ。 薄暗い廊下。少し開いた扉の向こうに、小さな背中。膝を抱えて座り込み、顔を上げようとしない少女——それは、幼い日のさくらだった。

「……私?」 恐る恐る近づきながら、さくらは心の中で語りかける。「どうして、そこにいるの?」

少女は何も言わず、ただ膝に顔を埋めたまま、微かに肩を震わせていた。 「……怖いの? 悲しいの?」

その問いに、かすかにうなずくような気配があった。さくらは、そっとその隣に座った。 「……ごめんね。ずっとひとりにしてたんだね。」

その瞬間、少女が顔を上げた。潤んだ目が、さくらをじっと見つめていた。 「どうして怒ってるの?」さくらがそう尋ねると、少女は、ぽつりと小さな声で言った。 「わたしのこと、きいてくれなかったから。」

その言葉が、胸に刺さった。自分が、自分の中の「小さな声」を、どれだけ無視してきたのか。「ちゃんとしなきゃ」「我慢しなきゃ」と、抑え込んできたのは、ほかならぬ、自分自身だった。

「……これからは、ちゃんと聞くよ。何が悲しいのか、何が嫌だったのか、ちゃんと教えて。」 少女は、小さくうなずいた。

そのとき、廊下の奥に、ぼんやりとした光が差し込んできた。まるで、心の奥にあった扉が、ほんのわずかに開いたようだった。

さくらは、静かに目を開けた。外は、夜明けの気配をまとっていた。 「まだ迷ってるけど……でも、歩いてみよう。あの子と一緒に。」

目覚めたまま夢を見ていたような夜。その記憶だけが、温かく胸の奥に残っていた。

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