4章「心の中の小さな私」
カウンセリングの数日後、さくらはまたあの部屋にいた。
前回のセッションであふれ出た涙の余韻がまだ残っていたが、不思議と足取りは軽かった。
部屋に入り、椅子に座ると、窓の外では春の風がカーテンをやさしく揺らしていた。
「こんにちは、さくらさん。前回は…たくさんの涙が出ましたね。」
「はい……びっくりしました。あんなに泣くなんて、自分でも思ってなくて。」
「それだけ、長い間、さくらさんの心の中に留まっていたものだったのでしょうね。」
さくらは静かに頷くと、指先を重ねるように組み、少し迷いながら聞いた。
「カウンセラーさん…怒りって、悪いことじゃないんですか?」
その問いに、カウンセラーはふっとやさしく微笑んだ。
「怒りも、悲しみも、喜びも…どんな感情も、“悪い”ものなんてありません。
大切なのは、その感情に『気づいてあげること』なんです。」
その言葉に、さくらの胸の奥が、また少し揺れた。
「さくらさんは、自分の中にいる“小さな自分”の声に気づいたことがありますか?」
「小さな…自分?」
「そう。“インナーチャイルド”と呼ばれたりもします。
子どもの頃の自分が、今も心の中に存在していて、時々、何かを訴えてくることがあるんです。」
さくらは目を見開いたまま、しばらく黙っていた。
そして、ぽつりと口を開く。
「……それって、なんか…わかる気がします。
たまに、“誰かに甘えたい”とか、“もう嫌だ”って思う瞬間があるんです。大人なのに…って自分を責めてきたけど……それが、小さい私だったのかな。」
カウンセラーは、静かに頷いた。
「その小さな声に、耳を傾けてみてください。
“何が怖いの?” “何をしてほしい?”
そんなふうに話しかけてみてもいいかもしれません。」
さくらは窓の外を見ながら、小さく息を吐いた。
「なんだか、ちょっとこわいですね。でも…
聞いてあげたい気もします。“小さな私”に。」
その表情は、わずかに柔らかさを帯びていた。
内側に眠る“小さな自分”。
ずっと見て見ぬふりをしていた存在。
その扉が、いま、ゆっくりと開かれ始めていた。
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